私に贈る言葉
新しいことをやれば、必ず、しくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる
本田宗一郎(本田技研工業 創業者)
いつ、どんな場面で発言されたか
この言葉は、1991年8月20日号の週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)に掲載されたものです。本田宗一郎は同年8月5日に84歳で逝去しており、まさにその直後に世に出た言葉ということになります。
本田宗一郎は1906年、静岡県磐田郡光明村(現・浜松市天竜区)に鍛冶屋の息子として生まれました。高等小学校を卒業後、東京の自動車修理工場で丁稚奉公を始め、油まみれの手で機械と格闘する日々を送ります。その後、独立してピストンリングの製造に挑むも、大学の工学知識がないために何度も失敗。それでも夜間学校に通い、理論を学び直しながら開発を続けました。1948年に本田技研工業を設立し、二輪車のエンジン開発から世界的な自動車メーカーへと会社を育て上げた人物です。
この名言には、実際に続きがあります。「そうするうちに、しくじらないコツというのがわかってくる。しくじりの屍(しかばね)を乗り越えるうちに、それをよけることもわかってくる」。つまり、失敗から逃げずに何度も立ち向かった先に、失敗しない方法が体に染みついてくるのだ――そう語っているのです。
町工場の一技術者から世界のHONDAを築き上げた人生そのものが、この言葉の裏付けです。マン島TTレースへの参戦、F1への挑戦、CVCCエンジンの開発による米国マスキー法のクリアなど、本田宗一郎の歩みはまさに「しくじり」と「再挑戦」の連続でした。
言葉の意味
この名言は、三つの段階で構成されています。
第一に、「新しいことをやれば、必ず、しくじる」。これは希望的観測を排した、冷徹な現実認識です。未知の領域に踏み出す以上、最初からうまくいくはずがない。本田宗一郎は、失敗を「異常事態」ではなく「当然の前提」として受け入れています。ここに、挑戦者としての覚悟が滲みます。
第二に、「腹が立つ」。この短い一言が、この名言に人間味を与えています。失敗しても平然としていられるわけではない。悔しくて、情けなくて、自分に腹が立つ。その生々しい感情を正直に認めているからこそ、この言葉には嘘がありません。
第三に、「寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる」。悔しさを嘆きに変えるのではなく、行動のエネルギーに変換する。感情に溺れず、かといって感情を殺すのでもなく、怒りをそのまま推進力にして再び手を動かす。ここに本田宗一郎の真骨頂があります。
つまりこの名言は、「失敗は当たり前」「悔しいのも当たり前」「だからこそ、やり続ける」という、挑戦する人間のための三段論法なのです。才能や運ではなく、しくじった後に何をするかで人生は決まる――そんなメッセージが凝縮されています。
私に贈るメッセージ
新しいことを始めようとするとき、私たちはつい「失敗したらどうしよう」と立ちすくんでしまいます。転職、起業、資格の勉強、新しい趣味、人間関係の再構築……。一歩を踏み出す前から、うまくいかなかったときの自分を想像して怖くなる。それは誰もが経験する、ごく自然な感情です。
しかし本田宗一郎は、「しくじるのが当然だ」と言い切りました。世界的な企業を一代で築いた人物でさえ、新しいことに挑むたびに失敗し、悔しさに歯を食いしばっていたのです。
大切なのは、失敗しないことではありません。失敗したあとに、もう一度やるかどうかです。悔しさを感じるのは、自分が本気で取り組んでいる証拠。その怒りを「もう一回やってやる」という力に変えられたとき、人は少しずつ前に進んでいけるのだと思います。
今、何か新しいことに挑戦して壁にぶつかっている方。あるいは、挑戦する前に不安で足が止まっている方。本田宗一郎の言葉を、どうか思い出してください。しくじって当然。腹が立って当然。大事なのは、そこからもう一度手を動かすことです。
何度も何度もやる。その泥臭い繰り返しの先にこそ、あなただけの道が拓けているはずです。

